「当てる占い」をやめようと決めた日のこと

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占いを始めた頃、わたしは「当てること」に必死だった。

相手の過去を言い当てる。
状況を正確に読む。
「どうしてわかるんですか」と驚かせる。

それが占い師としての実力だと、どこかで思っていた。


でも、ある時気づいた。

当てた後の相談者さまの顔を、よく見ていなかったことに。

「当たってます」と言う。
「すごいですね」と言う。
でも、その後——本当に前を向けているだろうか。
一歩、踏み出せているだろうか。

答えは、必ずしもそうじゃなかった。


当てることは、実は難しくない。

20年以上この仕事をしていると、正直そう思う。
星のデータを読めば、その人の傾向は見える。
霊視をすれば、状況は視える。

でも、それを「そうですね、当たってます」で終わらせることに、わたしはだんだん違和感を覚えるようになっていった。


何かを的確に指摘されても、「なるほど」と思うだけで、心は動かない。

これはわたし自身の経験でもある。

どれだけ正しいことを言われても、納得はできても、そこから変われるかどうかは別の話だ。

人が変われるのは、教えられた時じゃなくて、自分で気づいた時だと思っている。


だから今、私が鑑定で一番大切にしているのは「当てること」じゃない。

「気づかせること」だ。

星や数字、霊視は、そのためのツール。
答えを押しつけるためじゃなくて、その人の中にある答えを引き出すために使っている。

「当たった」じゃなくて「気づけた」。
その言葉が聞けた時、わたしはいちばん、この仕事をしていてよかったと思う。


当てる占いをやめようと決めた日のことを、今でもよく覚えている。

あの日から、鑑定が変わった。
そして、相談者さまの顔が変わった。

「なるほど」じゃなくて「そうか、わたしそう思ってたんだ」という顔。

その顔を見るために、今日も鑑定をしている。


華耀望愛 / angelique

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